なかでもジョルジュ・ペレックの『ぼくは覚えている』は、それまでなにをどう書いていいものかわからず途方にくれていた彼らに、形式、内容の両面で、絶大な影響を及ぼした。冒頭から巻末まで、おなじ書き出しの文章が箴言のようにならべられたこの著名な作品は、母親と親戚三人をアウシュヴィッツで亡くしたペレックの、封印されていた思い出を、あってはならない思い出を、あるはずのない思い出までをもときに生々しく現前させる、表向きの軽さと裏腹な、とんでもなく重い本なのだが、もちろん彼らがペレックの諸作に親しんでいるわけでもないだろうし、ましてその作者の伝記的な事実を知っていたわけでもないだろう。彼らはただ、そういう書き方で、記憶をたどればなにかが見つかり、そのなにかを言葉にできそうだとの啓示を得たにすぎない。
堀江敏幸『郊外へ』(白水社 1995 p.97)
晴明な漢字を得ることが、できそうな、深い探索です。