レイモン・ジャン『読書する女』

日が経った。新しい年が来た。クロランドがクリスマスを楽しく過ごせて、母親も娘を許してくれますようにとねがった。そのどちらとも近々再会することはないだろう。私を思い出し、声をかけてこない限りは。その間にも、私がものにした<ユーザー>を失ってはならない。たまたま今日は社長氏の家へ行く日だ。彼はご存知のように、誰よりもものにされている、しかも朗読以外のことで。私はもう決心していたし、心構えもできていた。それでも社長を文学志向にする点は怠るまい。クロード・シモンが少々重すぎるというなら、ペレックを試してみよう。それで気を引こう、と決めていた。『W』から数頁を選び、何度も読んだ。とっつきやすく、彼の気に入ることまちがいなしだ。<音響室>で録音もしたので、こうして歩いている間もウォークマンを耳に、繰り返し聞くことができる。通りは驚くほど賑わっていたが、車の音を消せるし、綿つきのイヤホーンは寒さから耳を心地よく守ってくれる。気候は相変わらず乾燥して寒さが厳しかった。

すぐに私は、ミシェルが朗読を聴くのにあまり乗り気でないと見てとった。でもまずこれから始めるべきなのだ。彼が名前すら知らないというペレックを私はほめそやした。二人は腰を落ち着けてから始めた。(この本を知っていればディナーの席ですごい評判を得られます、と保証しておいた)。

 

《私には子供時代の思い出がない。十二歳頃の生い立ちは数行で尽きてしまう━四歳で父を失い、六歳の時に母が死んだ。戦時中はヴィラール・ド・ランスの下宿を転々とした。一九四五年に、父の妹とその夫が私を養子にした。

身の上話がないことは私にとって長い間安心の種だった━その客観的なドライさ、目に見える明確さ、その単純さがわしを守ってくれていた、だが、いったい何から私を守るというのだろう、まさしく私の生い立ちから、私の真の歴史から、私自身の歴史から守ってくれていたのだ…》

 

いきなり社長が私を遮った。これ以上続けるのは無理らしいと察した。「私自身の歴史…私自身の歴史…」つっかえつっかえ言う。「この作家が何のことを言っているのかは知らんが、私自身の歴史、私のは、もう話したが、繰り返すよ、ひどいものだった、絶望的だ…あなたにはとても想像できまい…すべてを捧げ、何もかも犠牲にしたのにあの女は…私を見捨てた…望みもしない状況で、思い出すことすらおぞましい…挙句はこのうつろさだ…忌まわしいビジネス、経営会議、会食、出張、虚しさがかえって増してくる…もう駄目だ…もう聞きたくない…来てくれ!」どこへ? と尋ねた。「寝室だ」。もうそばに来ていて、臆面もなく、つかんだ私の腕を引っ張る。今日こそ、行動に移そうとしていることは明らかだった。それも手っ取り早く効果的に。

 

レイモン・ジャン『読書する女』(鷲見和佳子訳、新潮文庫、1989、pp.119-121)

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